"世界最強"の称号を得た
イクイノックスの参戦で、話題性も馬券の売上も非常に大きなものとなった今年の
宝塚記念。レースの内容もまた、競馬の魅力や面白さがこれでもかというほど詰め込まれた、上半期を締めくくるに相応しいものであったと思う。
当日、明らかに内目の逃げ・先行勢有利になっていたトラックバイアスを意識してか、スタート直後から火の出るような位置取り争いが展開。中盤になってその争いがようやく落ち着いた頃、今度はレジェンド・
武豊騎手と
ジェラルディーナが後方からマクり上げてレースを動かす。これに呼応して人気の
イクイノックスや
ジャスティンパレスも動いたことで、前半から削り合っていた先行勢は負荷が増大。直線を向いた頃には完全に追い込み決着の様相を呈していた。
そんな激しいレースの中、一際離れた外からねじ伏せるように全馬を飲み込んだのが
イクイノックス。
圧倒的強者にしか許されない進路取りと、きっちりと勝利を手にする強さは圧巻の一言。
前走の
ドバイシーマクラシックでは逃げて結果を出した馬が、今度は追い込みに区分できるであろう戦法での勝利。これで、逃げ・先行・差し・追い込み・マクりと、全ての脚質で結果を出したことになるが、これほどまでに自在性を持ったトップホースは、それなりに長くなった筆者の競馬歴の中でもほとんど記憶がない。それを可能とする途方もない高さの能力と、鞍上のルメール騎手の的確な判断力にはただただ驚かされるばかりである。
秋は
ジャパンカップを目標にして調整が行われるようだが、ここまで来ると国内において並び立てる存在は、
日本ダービーにおいて本馬に先着し、
京都記念で衝撃の強さを見せた
ドウデュースと、
リバティアイランドをはじめとした3歳トップホースくらいか。今度はどんな名勝負を演出してくれるのか、これからも目が離せない。
そんな王者を、極限まで研いだ刃で追い詰めたのが、道中最後方で息を潜めていた
スルーセブンシーズ。
父の
ドリームジャーニーを彷彿とさせるような機動力と切れ味に、池添騎手らしい思い切りの良さが加わり、その能力が強敵相手の大舞台で開花した。
直線では
ジャスティンパレスと
ジオグリフの間にハマり、減速してから進路を確保し再加速するロスがありながら、
イクイノックスとの着差はクビ差。スムーズに捌けていたらジャイアントキリングも十分にあり得ただろう。
デビュー時から並の馬ではない動きを調教で見せていたが、気持ちの面や輸送等に大きな課題を抱え、"出し切れていない感"が非常に強い馬だったが、今年に入ってから完全に一皮剥けた印象。大一番に備えて栗東滞在を敢行した陣営の適切な判断も素晴らしく、まさしくチーム一丸で出した結果と言えるだろう。
この後は
凱旋門賞をはじめ、壮大な海外遠征計画が持ち上がっているが、それも彼女の適性を十分に加味されてのもの。海外に強い父系の血と、"7つの海を超えて"……こうなることを予見して付けられたかのような馬名からも、好結果を期待せずにはいられない。
3着には
ジャスティンパレスが入り、天皇賞馬としての意地を見せた。
3000m超の長距離戦とはやはり流れ自体が違い、他の上位勢とのコーナーにおける機動力の差もあり、終始忙しそうな挙動を見せていたものの、最後の盛り返しは今季の充実度を再確認させるものだった。
同期である
イクイノックスとの差は昨年に比べると格段に縮まったものの、レースぶりや結果が示す通り、逆転に至るには更なるレベルアップが必要。昨年末〜今春に至るまでに見せたような成長をもう一度見せることができるか注目される。
4着の
ジェラルディーナは高い舞台適性と、暑い時期への強さを存分に見せた格好。
いかにも乗り難しそうなタイプの馬を、テン乗りでここまで導いた
武豊騎手の手腕もさすがと言えるものだった。昨年も夏の好走をきっかけに年末まで好調を維持していたし、今年も同様の上昇カーブを描いてくるか。
依然スタートや気性面等で課題は多いものの、ハマった際のパフォーマンスの高さも健在であることは記憶しておきたい。
ここまでに挙げた上位馬は、全て道中後方から進めた馬。それぞれに強さを見せたのは確かだが、展開面で大ハマりしていたのもまた事実と言える。
忙しい展開の中、昨年に引き続き掲示板を確保した
ディープボンドや、出走可能かどうかの瀬戸際で調整が難しそうだった
プラダリア、道中2番手から勝ち馬と秒差に踏ん張った
ドゥラエレーデ、惨敗からも平気で巻き返す
ダノンザキッドなどは、舞台や展開が変われば配当妙味ある存在として浮上してくるかもしれない。
一方で、穴人気を集めていた
菊花賞馬
アスクビクターモアは、展開を踏まえても淡白な競馬。
直線を向く時には一瞬おっと思わせるシーンがあったものの、そこからの伸びや粘りがなかなか戻ってこない。
死力を尽くした
菊花賞の反動が尾を引いているのか、不良馬場の
日経賞でリズムが崩れたのか、不振の原因ははっきりしないが、夏の間に立て直し成るかどうか。出てくる度に展開の鍵を握ることになる馬なだけに、状態面に変化があるかどうかは常に注視しておきたい。
序盤の先行勢の鬼気迫る位置取り争いに、後方に置かれた人気馬達への「え、え、これ大丈夫なの?」という不安にも似たドキドキ感。そしてレースを動かした名手と
ジェラルディーナの勇敢さ、それを力でねじ伏せにいく
イクイノックスの王者っぷりと、離されまいと喰らいつく
ジャスティンパレスの挑戦者らしい姿勢。そして最後の最後に一世一代の切れで追い詰める
スルーセブンシーズ。
何か、一つの映像作品でも見ているような展開の連続で、個人的には大満足な一戦だった。
これで、
スルーセブンシーズをもう少しだけ評価して買い目に入れることができていれば……とは思うが、それは筆者個人の問題。予想への反省は後程鬼のようにするとして、今はただ素晴らしいレースを見せてくれた馬達と関係者の方々へ、心からの賛辞を送りたい。
○霧(きり)プロフィール
ウマニティ公認プロ予想家。レース研究で培った独自の血統イメージに加え、レース戦績や指数等から各馬の力関係・適性を割り出す”予想界のファンタジスタ”。2023年1月には、長年の活躍が認められ殿堂プロ入りを果たす。
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